

沖縄の手吹きガラスは、明治時代初期より、石油ランプの他、蚊取り器、菓子入れなど、
さまざまな生活必需品に使われてきた。
第二次世界大戦後は、米国駐留軍の家族が故国へのみやげに持ち帰るようになり、
"RYUKYU GLASS CRAFT"として脚光を浴び、戦後の廃墟の中からまさに
不死鳥のようによみがえったのである。
当時は原始的な炉を用い、ガラスの原料も、コカコーラの空瓶の青色、セブンアップの空瓶の緑、
アメリカビールの空瓶の茶色といったように、
主に廃瓶を用いて、デザインも素朴なものであり、品質も割れやすいなどの欠点があった。
しかし現在では、廃瓶の代わりに原料ガラスを用いて色数も増え、炉の温度管理も行うようになり、
品質もしっかりしている。
1998年には、沖縄県は琉球ガラスを伝統工芸品に認定し、ガラス職人も、大城孝栄、稲嶺盛吉に続いて、
2002年には桃原正男が「現代の名工」労働大臣表彰を受けており、
ほかにも自分のガラス工房で作家活動を続けるガラスデザイナーが多数輩出しており
(沖縄県内の琉球ガラス工場は現在20社を数える)、琉球ガラスファンの眼を飽きさせない。
※帆足デザイン研究所が開発した美ら海オブジェ、美ら海メダル、琉球ガラスタイル(美ら海タイル、美ら海アートタイル) については、Hoashiblogをご覧ください。